【古代】縄文人は酒を飲んだのか?

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1: 樽悶 ★ 2019/09/30(月) 22:47:00.72 ID:5PlOGGDh9
【写真1】半人半蛙文有孔鍔付土器(国重文)=長野県富士見町の藤内遺跡出土/同町の井戸尻考古館蔵
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【写真4】縄文時代後期の注口土器(長野県御代田町の滝沢遺跡出土)=同町の浅間縄文ミュージアム蔵
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 縄文時代には酒があったと考える人が、考古学の専門家、醸造関係者ら酒の専門家ともに少なくないようだ。その根拠に、「酒造器」説を持つ特徴的な縄文土器の存在がある。

 この土器は、「有孔鍔付(ゆうこうつばつき)土器」と呼ばれる。難しそうな名前だが、その意味は表記の通りで、「孔(穴)」があって、「鍔」がついている土器をいう。縄文時代中期(約5500年~4500年前ごろ)につくられた。代表例として、長野県富士見町の藤内(とうない)遺跡から出土した「半人半蛙文(はんじんはんあもん)有孔鍔付土器」(高さ51.5センチ、国重文)が知られている=写真1。

 ご覧の通り、口縁部のすぐ下に、鍔のような突帯がめぐらされていて、その上に内部まで貫通する小さな穴が周回している。

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 半面、その文様は極めて特徴的だ。人なのか、カエルなのか、「半人半蛙文有孔鍔付土器」の文様もいかにも妖しげではないか。現代人の理解を超える文様が印象深い縄文土器の中でも、有孔鍔付土器の文様には、際立ってマジカル(魔術的)なものが多い。ともかく、なにもかもが変わった土器なのだ。

 こうした特殊な土器の用途として、酒造器が想定されたのである。確かに、水平の口縁部なら蓋(ふた)をかぶせて密閉しやすい。蓋に相当する土器が見つかっていないことから、蓋の素材候補として、木などの植物質や動物の革が挙げられている。その上で、鍔は上からの「蓋受け」、孔は、植物のツルか何かのひもで蓋を縛って留める「緊縛孔」などとと考えるわけである。

 この土器に山ブドウやニワトコ、サルナシといった果実をつぶしたジュースを入れて蓋をすれば、野生の酵母が働いて発酵が起き、果実酒になるそうだ。この場合、孔は発酵に伴う「ガス抜き穴」だったとも考えられるという。

 こうした醸造のプロセスについては、酒の専門家が肯定している。「この手法は、今日のブドウ酒づくりを見れば誰でも納得できよう」(加藤百一著「日本の酒 5000年」技報堂出版)などと。さらに、考古学者による実験でも、醸造が確かめられている(武藤雄六氏らによる)。

 浅間縄文ミュージアム(長野県御代田町)の堤隆館長は「醸造したかどうかを証明するためには土器の中に内容物が残っていればよいけれど、なかなかありうることではありません。間接的証拠からは酒造器説に支持が厚く、考古学研究者の多くがそちらでは」と話す。縄文時代の大遺跡、三内丸山遺跡(青森市)では、大量のしぼられたニワトコの層が見つかっていて、縄文の酒づくり説を補強しているそうだ。

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 ここから導かれるのが、「廃屋儀礼」説である。竪穴式住居の使用を終えるにあたって儀礼が行われ、その際、有孔鍔付土器にはおそらく酒を入れられ、ささげものとして住居と一緒に燃やされたと考えるのである。つまり、酒造器ではなく、酒の入れ物である「酒器」だったのではないかというわけだ。

 ごく小ぶりで、容量がご飯茶わん程度の有孔鍔付土器が出土している事実も、「酒器」説の材料という。そのような小さな酒造器など、あまりにも効率が悪い。副島さんは「酒を造る土器は、他にあったのでは」と考えているそうだ。

 考古学的に細部を詰めていくと、有孔鍔付土器に対してはまだまださまざま解釈がありうるようだ。ただ、「縄文の酒」の存在については、おおむね肯定的な研究者が多いと思う。

■過去が、現代や未来に影響を及ぼす

 「祭り」とは「あの世のとこの世を入れかえること」。縄文司祭のこの託宣は、「祭りでは、あの世(過去)がこの世(現在と未来)に影響を及ぼす」と解釈できると思う。ただし、その場合、過去は単に穏やかでおとなしいだけの存在ではありえない。現在や未来を祝福し勇気づけてくれもすれば、脅かし復讐(ふくしゅう)もする存在なのだ。(続きはソース)

毎日新聞 2019年9月27日 14時59分(最終更新 9月27日 15時06分)

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